【第5回:完結編】墓じまいが教えてくれたこと。ご先祖様の想いと、お客様の心をつなぐ私の仕事。
みなさん、こんにちは。 自分自身のリアルな体験を綴ってきた【私の墓じまい日記】も、いよいよ今回が最終回となります。
無事にお墓の解体工事を終え、まっさらになった敷地を見たときに、私の心はフッと軽くなりました。 最後に、墓じまいという人生の大きな節目をすべて終えてみて、今私が心から感じていること、そしてこの経験を経て「これからの私の仕事」に込めていきたい強い想いを、私の言葉で残したいと思います。
1. なぜ、お墓は「重く、動かせない石」なのか
今回の墓じまいにあたって、私はお墓の歴史について深く調べる機会がありました。 「なぜお墓は、これほどまでに重く、動かしづらく、処分しにくい『石』という素材で作られているのだろう?」
調べていくうちに、ひとつの答えに辿り着きました。 それは、「そもそも、お墓は処分することを前提に作られていない」ということです。
人間のはかない命はいつか無くなってしまうけれど、大切な人を想う気持ちだけは「無くならないもの」「変化しないもの」として残したい。その強い祈りを、形が変わらない頑丈な『石』に込めて、ご先祖様を奉ってきたのがお墓の歴史だったのです。「簡単に無くしてはいけない場所なんだ」と、改めてその重みを肌で知りました。
では、そんな大切な場所を、なぜ私は「しまう」と決断したのか。 それは、次の世代の子供たちの未来を思ったからでした。
「自分の甥っ子や姪っ子に、この大変な管理の負担を残したまま旅立つわけにはいかない」 その強い想いが、私の背中を押しました。正直に言えば、「できれば元気だった父の代で済ませておいて欲しかったなぁ」と頭をよぎったこともあります。でも、ご先祖様が元気だった姿を直接知っている父の世代だからこそ、愛着が深すぎて、どうしても自分の手では壊せなかったのかもしれないな……と、今ではその寂しさにも共感できるようになりました。
2. 実際に経験したからこそ、味わえた「不安」と「安心」
閉眼供養の日、急な嵐に見舞われて「ご先祖様が嫌がっているのかもしれない」と本気で不安になったこと。これは、教科書を読んだだけでは絶対に分からない、自分で墓じまいを体験したからこそ味わったリアルな感情でした。大切に想っていればいるほど、人は大きな不安を感じるものなのだと知りました。
だからこそ、すべてが終わって綺麗になった場所を見たときの「ホッとした安心感」は格別でした。 形はなくなってしまっても、これから先もご先祖様を大切に想う気持ちさえあれば、どこで手を合わせてもきっと想いは届く。今では心からそう信じられます。
3. お墓は、家族の「思い出の宝箱」
お墓は単なる石の建造物ではありません。どのご家族にとっても、そこには必ず「思い出」が眠っているはずです。
家族みんなが自然と集まる場所といえば、どこを思い浮かべるでしょう。 「お正月の実家」と同じくらい、実は、みんなで道中おしゃべりをしながら向かう「お墓」も、家族の特別な場所なのかなと感じます。
私にも、忘れられないお盆の思い出があります。 親戚みんなでお墓参りへ行き、その帰りに大人の席に混ざって、普段は食べさせてもらえないような「大人のおつまみ」を特別に食べさせてもらったこと。暗くなってきた帰り道、「自分も手持ち提灯(ちょうちん)を持ちたい!」と駄々をこねて困らせたこと。
お墓参りを思い出すとき、私たちの心に浮かぶのは、そうした温かい「家族の風景」です。みなさんにも、お墓にまつわる大切な思い出が、きっとひとつはあるのではないでしょうか。
最後に:お客様の「心」に寄り添うお墓守りとして
お墓がみなさんにとっても、ご家族にとっても、どれほど大切で、感情が詰まった場所であるか。 自分自身が施主となり、悩み、迷い、思い出を振り返りながら墓じまいを終えたいま、私はその重みを誰よりも理解しています。
だからこそ、私はこの仕事を通じて、単に機械的にお墓を解体するだけの業者にはなりたくありません。 「お墓をしまいたいけれど、申し訳なくて迷っている」 「親族にどう切り出せばいいか分からない」
そんな風に悩んでいる方にどこまでも寄り添い、「そのご家族にとって、一番良い供養の形は何か」を、親身になって一緒に考えていける存在でありたいと思っています。
墓じまいは、決して後ろ向きなことではありません。家族の歴史を振り返り、これからの未来を生きる世代へ笑顔でバトンを繋ぐための、とても前向きな人生の節目です。
ぜひ、みなさんの心の中にあるいろんな想いを、私にぶつけてみてください。 ご親族みんなで話し合い、納得のいく未来へ進めるよう、私が全力でサポートさせていただきます。
また最後に長くこちらの日記にお付き合いいただきありがとうございました。
少しでもお墓のことに悩んでいる方のお力になれたら幸いです。
(おわり)

